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エンジンとブレーキ

●エジプト軍が民政移行を本格化か、総選挙実現には課題も
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-19543820110215

(ちょっと仕事が忙しかったりして、しばらくぶりのブログだ。)

2月11日に、エジプト・ムバラク大統領が辞任して以来、エジプトのニュースが続いている。この記事では、ムバラク大統領辞任後、実権を掌握している軍最高評議会が、民政移行プロセスを本格化させようとしていることを伝えている。

今回のエジプトでの騒動は、いくつかの点で興味深い。まず、この反政府デモが、FacebookやTwitter等のソーシャルネットワークから起こったという点は面白い。インターネットの普及によって、私たちを取り囲む様々なものが変わり、今もまだ変わり続けているわけだが、とうとう政治革命までその変化が現われた。Google社の社員であるワエル・ゴニム氏がFacebookで呼びかけ、それが拡大して、一気に30年続いた独裁政権をなぎ倒した。これは、大きな変化だ。

抑圧された民衆が悪政を続ける独裁政権を打倒するというのは、いつの時代でも起こることだし、ソーシャルネットワークがなくても起こることだ。ソーシャルネットワークがなくても、いずれ、ムバラク政権は打倒されていただろう。しかし、ソーシャルネットワークによって、その時期が早まったことは間違いない。これまで、言論弾圧され、マスコミも統制されていた環境にいた人たちが新しい道具を手にし、意見や考えをどこでも好きなときに交信できるようになり、これまでとは異なる成り立ちで、これまでとは異なるスピードで革命まで突き進んだ。ソーシャルネットワークやソーシャルメディアの新たな可能性を思い知らされる。

政治家がTwitterなどを使うようになり、政治の世界にもソーシャルネットワークが広まってきたなどと言っていたレベルは、もう終わった。政治活動、経済活動など、人間の様々な行動がオンライン上で展開され、文字通り、バーチャルな世界としてでき上がりつつある。しかし、言うまでもなく、このバーチャルな世界というのは、リアルな世界と対極にあるものではない。当たり前のことだが、バーチャルな世界というのは、リアルな世界に内包されており、リアルな世界のスピードを加速させている。そう見てみると、バーチャルな世界というのは、リアルな世界の新しいエンジンのように思えてくる。

この新しいエンジンは、単にスピードを加速させるだけのものなのか。それとも環境を変えるような要素を持ち合わせているのか。今のところは、まだわからない気がする。確かに、いろいろなものが変化したが、本質的に変化したのかどうか、私には判然としない。見方によっては、単に置き換わっただけとか、スピードが上がっただけというようにも見える。本当の、本質的な変化というのは、これから起きるのかもしれない。。


ソーシャルネットワークのことを少し長く書いてしまったが、もとに戻ろう。今回のエジプトの騒動で、もう一つ、興味深かったのは、やはり独裁政治というのは基本的にこういう末路を辿るのか、ということだ。
カリスマ的な存在だったサダト大統領が暗殺され、その威光を引継いでムバラク氏が大統領になったときは、それなりの期待と喝采を集めていたようだ。だが、サダト大統領の暗殺を目にし、自身も何度も暗殺未遂を体験するなどから、その不安を取り払うべく民衆を抑圧するようになっていったようだ。そして、私欲に走り、莫大な財産を持つようになったと言われている。
こうして見ると、歴史上に名を残している独裁者は皆、同じような道を通っている。論理的には、万民が納得するような善政を独裁者が行うということはあり得るわけだが、実際にはこうした例がほとんどない。独裁者による善政というのは、やはり絵空事なのだろうか。

独裁者による善政というのが絵空事でしかなく、独裁政治というのは打倒されるべきものであるとした場合、その打倒された後に来るべきなのは民主政治なのか? 今回のエジプトでも、また過去の多くの独裁政権打倒後も、民主化が進められる。私たちは、民主主義の中で育ってきたから、これが当たり前に思えているだけなのかもしれないが、民主主義というのがそれほど素晴らしいものなのかどうか、よくわからない。少なくとも、是正されるべきところは数多くあると思うし、現在の日本政治の停滞状況を見ると、日本の民主主義がうまく行っているようには思えない。結局、民主主義というのは、プロセスとしての形式的公平性が担保されているだけであって、成果や結果には何も寄与しないイデオロギーでしかないように、私には思える。

30年の間、独裁政治の下で苦しい生活を余儀なくされてきたエジプトの人々が、独裁政治打倒後に、民主化を求めて進んでいくことは理解できるが、その代わりに、失望もまた大きいのではないかと思う。親米路線で外交的に安定していたが、民主化によって、こうした国家としてのスタンスを改めて議論しなければならないだろう。そして、その議論が収束していくには、相当の時間を要する。民主主義というのは、形式的公平性を守るために、効率性を犠牲にするシステムであって、あらゆることに、時間と労力を要するものだ。エジプトの人々は、今、独裁政治の終焉で春を迎えたような気持ちだろうが、ここから次の政治体制を築くのは、もしかしたら、独裁政権打倒よりも難しいことかもしれない。


ソーシャルメディアなどを含むバーチャルな世界によってリアルな世界が加速される一方で、形式的公平性を守るために効率性を犠牲にする民主主義が多くの国家で採用され、政策の実現スピードにブレーキをかけているというこの組み合わせ。人間社会の不思議さを感じたりもする。
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テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

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辻 大志

Author:辻 大志
コンサルティング会社に勤める会社員。
この場を借りて、自分の意見や考え、日々の戯言を綴っています。
一人でも多くの方に読んでいただき、繋がりを持っていきたいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

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