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2012

気がついてみると、昨年の5月からまったく更新していなかったんですね。
一昨年は、ほぼ毎日更新していて、それが結構大変だったからペースを落とそうと思ったら、こんなザマです。
今年は、気持ちも新たに、いろんなことを取り上げて、書いていこうと思います。

一応、昨年を振り返ってみると、昨年は自分の中で“Change”ということを一つのテーマにして過ごしました。
このテーマに対しては、いろいろと取り組んでみて、ちゃんと“Change”できた部分もあるし、できなかった部分も残っている感じです。今年も引き続き取り組まなければならない。そういう意味で、今年のテーマも、“Change”かなと思っています。

さて、2012年最初に取り上げるのは、これです。
●マヤの人類滅亡伝説に対抗 シャーマンたちが神々に祈り
http://www.asahi.com/international/update/0102/TKY201201020125.html

メキシコ南東部のマヤ地域で栄えたマヤ文明において、その暦が2012年冬至で終わっていることから「2012年人類滅亡説」があることは、多くの方がご存じのことだろう。こういった終末論というのは、定期的に行われる恒例行事でしかないと思うし、こんなものを信じている人など、ほとんどいないだろう。

しかし、なぜこういった終末論がたびたび取り沙汰され、その度に人々が過剰な反応を示すのだろうか。

それは、結局、人間がそういうことを求めているからに他ならない。
暗い出来事が続き、その現実逃避として、終末論に魅かれることもあるだろう。これは、より悪い事態や最悪の状況を考えることで、相対的に現状を受け入れようとする考え方だ。日本のみならず、世界的に不安を覚える出来事が多発していることを考えると、こうした考え方を求めるのも理解できる。しかしながら、過去の人間が唱えた“予言”に怯え、思考停止状態を招き、本来直視すべき問題を見て見ぬふりをするようにも思える。過去の人間が唱えた“予言”よりもリアルな終末がそこにあるかもしれないのに。。

こうしたネガティブな考え方ではなく、少しポジティブに終末論を捉えることもある。すなわち、何にでも終わりがある、この人生にも終わりがあるということを、終末論を契機に改めて考え、自分の人生そのものと向き合うというものだ。こういう契機を得るために、終末論を求めたり、必要としたりしているとも言えるのではなかろうか。

終末論というと、どうもマイナスな雰囲気があるものではあるが、捉え方次第で、それは変わる。何にでもいい面と悪い面、ポジティブとネガティブ、光と陰といった二面性があることの好例のように思う。

2012年、これから何が起こるかわからない。しかし、何が起こっても、何を起こしても、それには二面性があり、それを前向きに捉える気持ちが大切だと思う。決して、楽観視したり、お気楽に考えたりするということではなく、建設的な方向に捉える姿勢が今まさに必要なことだ。シャーマンたちの祈りが建設的かどうかはわからないが、2012年が終わりではなく、これを機に、新しい世界が始まるよう考えていくべきだ。
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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

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単純に、まだそれ以上先の暦を作る必要性を感じなかったからできてなかっただけ、という説も。2038年問題みたいな(違)

Re: タイトルなし

>うしろうさん

コメント、ありがとうございます。

> 単純に、まだそれ以上先の暦を作る必要性を感じなかったからできてなかっただけ、という説も。

まあ、そんなところかもしれないですね。
そんなものに過剰な反応を示すのはいかがなものか、どうせ反応するのなら建設的な思考を進める契機にしてはどうか、というところです。

私個人としては、終末論として挙がる話すべてをまったく信じてませんが。
プロフィール

辻 大志

Author:辻 大志
コンサルティング会社に勤める会社員。
この場を借りて、自分の意見や考え、日々の戯言を綴っています。
一人でも多くの方に読んでいただき、繋がりを持っていきたいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

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