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非常識さも含めた破壊的な芸術性

●ソニー新体制にいきなりの試練 平井次期社長、「テレビ再生」強調
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120203/biz12020301290000-n1.htm

凋落が長らく続くSONYの社長に就任することになった平井一夫氏が会見を行った。「テレビは家庭の中心にあり、さまざまなコンテンツを楽しむための機器だ。簡単に撤退・縮小することはない」とテレビ事業の再生を謳い、「ソニーらしい商品や体験を提供し、好奇心を刺激したい」という抱負を語っている。

私が学生の頃、SONY製品を囲むような生活がしたいと思ったりした。テレビもビデオもオーディオもSONYで揃えられたらいいのになあ、なんて思ったりしていた。しかし、だんだんとそんなことは薄らいでいった。高校生の頃には、「SONYのWALKMANは壊れやすい。PANASONICのほうがいい。」なんて話を友達としていた。考えてみたら、いつのまにか、SONY製品に対する思いはなくなっている。

今朝のニュース番組で、「SONY製品を持っているか。何を持っているか。」という街頭インタビューが放送されているのを見た。まあ、こういう時期の放送なのでそれを鵜呑みにしていいかはわからないが、当然、芳しい結果ではなかった。私も考えてみると、古いデジカメ1台くらいだということに気がついた。自分でも少し驚いた。

ニュース等でよく引き合いに出されるのがAPPLE社、そしてiPod/iPhone/iPadだ。SONYのWALKMANは音楽を携帯するというLIFE STYLEをも変える画期的な製品だったが、もはやその地位はAPPLE社の製品群に取って代わられている。言うまでもないことだが、iPod/iPhone/iPadは、音楽を携帯するという範疇には止まっておらず、多機能でスタイリッシュ、しかもそれが直観的に扱える。そして、私たちのLIFE STYLEを激変させた。「なぜ、それがAPPLE社で、SONYではなかったのか」という類いの話が、コメンテーター等から上がる。

何故なのか。。くだらないことのように聞こえるかもしれないが、それは「夢を描けるか」「描いた夢を実現しようとするか」というところにあるように思う。特に、革命を起こすような製品というのは、消費者の声からではなく、技術者や製造者が描いた夢を具現化したときに生まれる。それは当初、突拍子もない、非現実的で、一般人から見て呆れてしまうようなものだったりもする。仮に魅力を感じたとしても、遠い未来だね、と言って、実際の研究・開発からは外されるようなもの、そういうものが革命を起こす。少なくとも、APPLE社はSteve Jobsの下、そのように突き進んでいたようだ。(蛇足だが、FACEBOOKやTWITTERといったサービスも別に消費者の声から生まれたわけではない。)

では、これからのSONYはどうか。SONYと同様、低迷している日本の製造業はどうか。
たびたび「モノ作り」の原点に立ち戻ろうといった言葉が出るが、どうもこの「モノ作り」という言葉自体が、マジックワードのような気がする。「モノ作り」という言葉が使われるとき、「品質」とか「職人」とか「匠」とかそういう言葉が同時に連想されるように思う。もし、私が感じるように「品質」「職人」「匠」のようなものに「モノ作り」が近いのならば、今、SONYや日本の製造業に必要なものは、それではないと思う。

別に「品質」「職人」「匠」といったものを軽視するつもりはないし、むしろそれらは大きな強みの一つだろう。しかし、それを突き詰めたところで、日本の製造業が元気になるとは思わない。必要なのは、「非常識さも含めた破壊的な芸術性」のように私は思う。私も含め、日本人にこれを求めるのは難しいのかもしれない。規律を重んじ、横並びをよしとし、異端児を外す風潮が強い日本において、非常識さを是とするようなことは受け入れがたいだろう。また、「職人」「匠」が大事にする伝統と、破壊的な芸術性は相容れないかもしれない。だが、世界を席捲するような製品を生み出すためには、「非常識さも含めた破壊的な芸術性」のように思う。つまり、私の考えでは、「非常識さも含めた破壊的な芸術性」を組織の中に受け入れ、育まない限り、日本の製造業の未来は暗い。

なお、先ほど、カッコ書きでFACEBOOKやTWITTERのことに少し触れたが、インターネット上のサービスのみならず、サービス業全体においても、消費者のニーズを追い求める視点だけでなく、一見「そんなサービス、誰がほしがるの?」と思えるような非常識で既存のサービスモデルをぶち壊すようなアイデア、「なぜ、そんなところにこだわったサービスなんだ?」と思えるような過度な美意識/芸術性が大事ではないか、と私は思う。

と言いつつ、自分を振り返る。。自分の中でも「非常識さも含めた破壊的な芸術性」というものを、少なくとも意識レベルで大事にしようと思う。
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テーマ : ひとりごとのようなもの
ジャンル : 日記

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No title

辻さん、こんばんは。
とても面白く読ませていただきました。

>革命を起こすような製品というのは、消費者の声からではなく、技術者や製造者が描いた夢を具現化したときに生まれる

まさしくその通りだなと、思いました。
新しく革命的な製品やサービスの企画は、出発点はある1人の人間の内的世界であるべきだと思いますし、そういう意味で超属人的な仕事なのだと思います。

僕は洋服が好きですが、デザイナーの超個人的な美意識と世界観、ノスタルジー、フェティシズムが詰め込まれたような恐ろしくエゴイスティックな洋服にこそ魅力を感じます。
そこにはマーケット分析もトレンド予測もありません。
ユニクロの服は究極に合理的でひとつのイノベーションだと思いますが、最近は洋服が作られたストーリーまでを含めて消費するような、スローフードならぬ「スローファッション」へのシフトが少しずつ出てきているような、そんな感じがします。

余談ですが、カリフォルニアのあるデザインファームでは「製品を正しく(意図した通りに)使わない、使えない人」を観察することから、プロダクトデザインのinspirationを得るそうです。
具体例は忘れましたが、たとえば歯ブラシをちゃんと握れない幼児に気付き、幼児向けの歯ブラシを開発するような感じでしょうか。
常識的な使い方ができない人(=非常識な人)の思考回路にこそ、イノベーションのヒントがあるということなのかもしれません。

企業という組織が少なからず全体主義的人格を持ち合わせる以上、
「非常識さも含めた破壊的な芸術性」は組織の外に求めるのが合理的であるような気もします。
そういうものを組織の中に受け入れ、育むというのは結構大変な気がするので、
いわゆるオープンイノベーションというか、組織の枠を超えて外部から日々刺激がもたらされるような仕組みを作ることが大事なのかな、と。
事務作業ではなくクリエイティビティこそアウトソーシングすべきではないかと、個人的には思います。

好き勝手書いてしまい失礼しました。

P.S.
来月辺り飲みに行けると嬉しいです!

Re: No title

halvishさん

貴重なコメント、ありがとうございます。

> ユニクロの服は究極に合理的でひとつのイノベーションだと思いますが、最近は洋服が作られたストーリーまでを含めて消費するような、スローフードならぬ「スローファッション」へのシフトが少しずつ出てきているような、そんな感じがします。

変な言い方ですが、ユニクロのビジネスっていうのも、ある意味で「非常識さも含めた破壊的な芸術性」なのかもしれないと、一瞬、思いました。自分の書いた言葉を広く捉え過ぎかもしれませんが、ああいう品揃えはかつてのアパレル業界の常識を壊しているように思うし、あれだけ管理統制された製造や運営、それにマーケティング戦略はもはや美しさすら備えているような気もします。ああいう形は、革命を起こすような製品ではないけれど、革命を起こすようなビジネス形態にまで昇華しているようにも思いました。

> 常識的な使い方ができない人(=非常識な人)の思考回路にこそ、イノベーションのヒントがあるということなのかもしれません。

確かに、そういうところにもヒントがありそうですよね。
非常識なところにインスピレーションを感じる何かがあるように思います。

うまく説明できる自信がありませんが、先日、あるテレビ番組を見ていたら、アイデア商品を紹介していました。その商品は、誰かに袋を開いておいてもらって、そこに両手でモノを入れたいような場面で、袋を広げておいてくれる道具でした。しかし、そこにいたレポーターはそういう用途とは知らず、“立てることができるトングですか?”という質問をしました。これを見たとき、「立てることができるトング」というモノにニーズがあるかどうかは別として、世の中にはそんなモノなさそうだし、それこそアイデアの一端だなと感じました。

製品やサービスっていうのは、ちょっとした勘違いとか間違いとか、イレギュラーなところ(非常識なこと)からも生まれる可能性があるし、そういうことも大事にしなきゃいけないのかもしれませんね。

> 企業という組織が少なからず全体主義的人格を持ち合わせる以上、
> 「非常識さも含めた破壊的な芸術性」は組織の外に求めるのが合理的であるような気もします。
> そういうものを組織の中に受け入れ、育むというのは結構大変な気がするので、
> いわゆるオープンイノベーションというか、組織の枠を超えて外部から日々刺激がもたらされるような仕組みを作ることが大事なのかな、と。
> 事務作業ではなくクリエイティビティこそアウトソーシングすべきではないかと、個人的には思います。

確かにそうだと思う反面、アウトソーシングという極めて常識的なビジネス形態から、「非常識さも含めた破壊的な芸術性」が生まれるのか、という点は疑問だなと、と。仮に、「非常識さも含めた破壊的な芸術性」を外注先が作ったとして、そういうことをアウトソーシングした会社がその提案をいいモノとして受け入れるのか、と。

つまり、「非常識さも含めた破壊的な芸術性」を受け入れ、育むという、ちょっと非常識的で難易度の高いことをやってのけるだけの気概がある会社じゃないと、革命を起こすような製品やサービスは生まれてこないように思うのです。どうでしょうか。

> 好き勝手書いてしまい失礼しました。

いえいえ、こういうコメント、うれしいです。今後もぜひ。


P.S. 飲みに行きましょう。是非。
プロフィール

辻 大志

Author:辻 大志
コンサルティング会社に勤める会社員。
この場を借りて、自分の意見や考え、日々の戯言を綴っています。
一人でも多くの方に読んでいただき、繋がりを持っていきたいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

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