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歴史からの学び

十代の頃、世界史の授業か何かで、プロイセンの鉄血宰相ビスマルクが語ったとされている「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」を知り、感銘を受けた。しばらくその言葉が自分の中で大きな位置を占めていたような気がする。

その言葉がきっかけだったのかはもはや定かではないが、歴史に興味を持つようになった。特に、日本の戦国時代、カエサル~アウグストゥスを中心としたローマ史、あとは三国志などは、おそらく生涯、楽しむことができるものになっている。学び直すたびに、新たな気付きがあったり、考えさせられたりする。

一方で、ふと不思議な感覚になることがある。それは、歴史を探究し調べれば調べるほど、多くの諸説があることを知り、それらと向き合った瞬間だ。ビスマルクが言ったとされる「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」の中の”歴史”とは、これほど多様な解釈があるのかと思うと、その言葉の薄っぺらさを疑う一方で、その言葉の深さを考えるようになる。そういう不思議な感覚。

ある意味では、当然のことだとも思う。例えば、Aさんの周りに10人がいて、その10人がAさんのことについて語れば、まさに十人十色の説明となるが、その中で最も発言力があるヒトの言葉が広まる。歴史の通説として伝わるというのは、そういうことだ。すなわち、歴史の通説とは、そのとき最も発言力を有するヒトの見解であったり、後世の権力者に都合の良い脚色や創作が含まれていたりするものなのだ。当然、それを紐解こうとすれば、諸説が成立するわけである。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という意味は、そういうことをも含んでいるのかもしれないと考えると、非常に深い意味に思えてくる。賢者は、単に歴史の通説から学ぶのではなく、ある行為・ある事象というのは複数の観点から語られることがあることを認識し、それを前提にして学ぶことができる。そういうことなのではないか、と。

賢者という高みにはそうそう辿り着けないが、歴史というものから学ぶべきことが多いのは間違いない。経験からだけで物事を語る傲慢さを捨てて、謙虚に歴史と向き合い、学び取ること。歴史を多面的に捉え、自分の人生にとって有用な要素を見つけ出すこと。こういうことが大事なんじゃないか。それは自分としても改めてしっかりと受け止めねばならないし、若手メンバーにも伝えたいことである。
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プロフィール

辻 大志

Author:辻 大志
コンサルティング会社に勤める会社員。
この場を借りて、自分の意見や考え、日々の戯言を綴っています。
一人でも多くの方に読んでいただき、繋がりを持っていきたいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

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